文明には水源が必要だと聞いたことがあります。飛鳥ではそれはきっと飛鳥川で、歌に読まれているように僕らのご先祖さまの生活の近くには飛鳥川のせせらぎが聞こえていたんだと思います。その歌は僕らのご先祖さまが生活の中で感じ取ったものを飛鳥川の流れや、玉藻や、何かに投影したものです。読み手はその情動を言葉に置き換えることで長い時 間や距離を乗り越える力を与え ました。しかし、言葉にしなくても人の身体はその情動を伝えることができます。例えば興奮して脈が速くなったり、あるいは恐怖のあまり青ざめたり。それは未来に伝わるものでも遠くの誰かに伝えることができるものでもないけれど、確かに今ここにいる個人の情動を伝えることができます。芸術には言葉にならないものをコミュニケーションの場に立たせる力があります。
ここでは言葉ではない身体からの出力として脈拍を読み取り、映像をリアルタイム で生成してピアノに投影しています。同時に脈拍からピアノの音を作り、飛鳥川流 域で録音した自然音とともに会場に流しています。僕らのご先祖さまは生活の中で、自然から受け取ったものや自分自身の心の機微 を 言葉にし環境に投影してきました。
僕らの国が生まれた時から、ずっと。川の流れが絶えないように、ずっと。
これは脈拍・川の流れ・情動・言葉を互いに投影し、過去から現在に至る人の営みを可視化する作品です。

虚構化器官XI
2016.11
サイズ可変
映像インスタレーション